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2006年09月11日

9・11

世界貿易センタービルの崩壊の映像を見た時、いいえ、そのずっと後までも、本当に起こったことと信じることができませんでした。
古くは「タワーリング・インフェルノ」から「ダイ・ハード」「ファイト・クラブ」など、人為による大都市の惨事の映画は数多くありましたが、これほどまでの大惨事は、どんな映画でも描くことはできませんでした。
事実は小説よりも奇なり、陳腐な諺をひくまでもなく、人が現実に起こした事件が、人の想像の産物をはるかに凌駕したのです。

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世界貿易センター(WTC)は、日系2世、アメリカを代表する建築家ミノル・ヤマサキ氏によって設計されました。
ヤマサキ氏のパートナーであった構造設計者は、航空機の衝突の衝撃を考慮して構造設計を行っていました。以前に飛行機がエンパイアステートビルに衝突する事件が起きており、 WTCビルは大型の旅客機が衝突しても、その衝撃では、崩壊しないように設計されていたのです。実際に、旅客機の衝突によって、直ちにビルが崩壊することはありませんでした。

では、なぜWTCビルは崩壊したのでしょうか?
一言で言うと、火災による鋼製部材の強度低下です。
旅客機の衝突の衝撃で、構造部材の耐火被覆が脱落し、消化設備は破壊されたと考えられます。そこへ、離陸後間もない大量の燃料が放出され、大火災が発生しました。鉄骨が溶けんばかりの高温の環境下、構造材は耐力を失い、上層階荷重を支えることができなくなって落下し、その落下荷重に下層階が耐えられなくなる、その連鎖で順次下の階が潰されていきました。その結果、あのように、ビルは横に倒れることなく真下に潰れていったと考えられます。いわゆるドミノ崩壊です。

旅客機の衝突後、1時間もビルが持ちこたえたのに、結果としては、避難できなかった人が多かったのは、避難階段が破壊され、あるいは火災で機能していなかったからだと考えられます。事務所として使える(賃貸できる)面積を少しでも多くとるためにセンターコア方式が採用されており、避難階段が平面的に分散していなかったことは致命的でした。

また、ヤマサキ氏は、現代の生活はめまぐるしく変化しており、ビルの寿命はせいぜい20年程度、機能的に不適当になった際に、合理的に壊せるように設計することも重要である旨を述べていました。この点によって、WTCビルは脆弱さを内在していたと見る向きもあります。

・大型旅客機衝突の水平力に対抗する構造が検討されていたのに、その時、当然起こりうる火災への対応ができていなかったこと。
・経済性を重んじるあまり、避難など安全性に対する配慮が不十分だったこと。
・ビルの機能価値に対する先見の明ともいえる割り切った合理性の追求が、弱点となったこと。

WTCビルの崩壊は、建築設計に携わる者に、さまざまなトレード・オフの問題を提示しています。

なお、WTCビルの崩壊は、「失敗百選」にも取り上げられています。

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WTCビルの崩壊の跡地は、しばらくの間「グラウンド・ゼロ」と呼ばれていましたが、再建のための国際コンペが行われ、アメリカ人建築家ダニエル・リベスキンドの案「メモリー・ファウンデーション」が採用されました。WTCビル2棟の跡地は慰霊の場とし、そこを囲むように数本の超高層ビルが建ち並ぶ計画です。最も高いビルは「フリーダム・タワー」と名づけられ、アメリカ独立の年、1776年にちなんで、1776フィート(約541メートル)、かつてのように世界一の高さを誇ります。2004年に着工し、2010年に完成予定です。

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2001年9月11日から5年。
同時多発テロは様々な問題に波及しています。
WTCビルと旅客機の爆発崩壊によるアスベストの飛散、重金属による汚染……救助活動、遺体の捜索や瓦礫の除去に携わった人々の健康被害が大きな社会問題となってます。
また、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ人々も少なくありません。

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同時多発テロによる直接の被害者(死亡)は、約3,000人といわれています。
イラク戦争における米軍兵士の死亡者数は、2006年9月11日現在で 2,670人 と発表されています(米国防総省ニュース)。

投稿者 MCAT : 2006年09月11日 23:02

コメント

 5年前の9月11日夜10時、いつも必ず見ているというわけではないのですが、なぜかその日はNHKニュース10をつけました。WTCの北棟に旅客機が衝突した映像が流れていました。「えっ」と思い、そのまま見ていると、なんと南棟に別の旅客機が衝突していきました。それを見ていた人は全員が、その時「これは、事故ではなく故意!」と思ったことでしょう。
 そのまま、テレビ画面から目が離せなくて見ていると、ほぼ1時間後に南棟がほぼ垂直に崩れ落ちていきました。そして、北棟も...あんな崩れ方をするなんで、想像したこともありませんでした。その全ての出来事をリアルタイムで見てしまったショックは、一生忘れられません。
 WTCには、その10年位前に、NYに遊びに行った時、上ったことがありました。屋上展望台(外に出られたのです)からの眺望はすばらしく、まさにアメリカの権威の象徴のようでした。WTCの消えてしまったマンハッタン島。建物が建て替えられても、人々の心の傷が癒えるわけではありません。

投稿者 authenticity : 2006年09月13日 12:54

その時、私もテレビを見ていました。衝突した画像が流れて、本当のことなのかとぼーっと見ていたことを思い出します。
あの様なものがあの様に衝突して、1時間もビルが持ちこたえるものなんだなあと思ったのですが、専門家から見ると、問題だったのですね。
戦争は、恐いです。靖国神社に、首相が参られ続けることがいいことなのか、わからないです。

投稿者 一口カステラ : 2006年09月13日 21:25